2011年




ーー−9/6−ーー 馴染みのない社名


 地デジに切り替えてから、録画を見る楽しみが増えた。テレビにハードディスクを外付けしたので、録画が簡単に出来る。プログラムも、録画をし易いようにできているからラクだ。

  世界の列車の旅を紹介する番組が連載されているので、録画をして見ている。番組の内容は、ほのぼのとしたものだが、そのスポンサーを見て驚いた。「日本非破壊検査」という名前の企業だった。

 家内は、「これって、いったいどういう会社?」と言った。一般市民には馴染みのない会社である。しかし私は、知っていた。

 私は大学を卒業して、プラント・エンジニアリング会社に就職した。その入社一年目に、京葉コンビナートに建設途中だったある化学プラントの現場に、半年ほど派遣された。その現場で、かの会社を知った。

 化学プラントでは、配管工事を施工した後、特に重要な配管については、施工が確実に行われたかどうかの検査を行う。溶接した部分を、レントゲンでチェックするのである。かの企業は、それを専門に行っている会社であった。

 検査は夜間に行われる。昼間は建設作業が混んでいるので、検査をする余裕が無い。また、X線の管理から言っても、建設作業者がいない夜に行われたのだと思う。その現場で、夜間の検査作業に立ち会ったことがあった。

 巨大な設備が立ち並ぶプラント建設現場だが、深夜は不気味なくらいに寂しい。その現場で、検査器具を持って走り回り、夜明けまでの限られた時間で、ひたすら業務にいそしむ検査員。それはさながら、「真夜中のカウボーイ」のようであった。

 これまで人目に触れる事が少なかったと思われる企業が、テレビのスポンサーとして表に出てきたのは、原発に対する不安の世相が反映されているのかと思う。

 それはともかく、人知れないところで仕事をしている人々がいて、プラントの安全が保たれている。そんなことを、思い出した。




ーーー9/13−−− スツール踏み台



 画像はスツールに踏み台機能を追加した家具である。特注品であり、とりあえずこの一つしか作っていない。

 ご夫婦で工房へ来られたお客様。製品を展示してある事務室へご案内すると、奥様がスツール92に目を止めた。形が気に入ったので、キッチンで使いたいと言われた。しかし、スツールだけでなく、踏み台の機能も持たせたいとのご希望だった。これまでは高さ22センチの浴室椅子を、踏み台として流用してたそうだ。それくらいの高さの踏み板を、このスツールに追加したらどうかとの話になった。

 お客様は、ご自宅へ戻られると、早速メールでアイデアスケッチを送ってきた。私のホームページの画像を取り込み、それをなぞってスケッチに描き直したものと思われた。アクションの早さに驚いた。

 ポイントは、オリジナルの形を尊重するということだった。スツール92の形が気に入ったのだから、そこから大きく離れるようなことでは意味が無い。お客様の意図はそこにあった。

 私の母は自宅で、スツール92を踏み台として使っていた。かなり年齢が進んでいたので、転倒でもしたら危ないと心配したが、そんな事故は一度も無かった。しかし、高さ42センチの座面に一歩で上がるのは大変そうだった。その意味で、下の段を設けると言うのは良いアイデアだと思った。

 とは言うものの、私としては当初、この改造計画は実現が難しいように感じた。新たに設ける踏み板は、脚の間に設置されるので、間口が制限される。両足で立つのに十分な大きさは確保できない。かと言って、脚のスパンを広くしたら、オリジナルの雰囲気は大きく損なわれる。踏み板を設けることは、機能と外観が両立しないように思われた。

 その懸念をお客様に伝えると、明快な答えが返ってきた。踏み板も、座面も、片足が載れば良い。両足で載ることは、却って危険である。片足で立って、もう一方の足で軽く別の物に触れてバランスを取る。それが安全な使い方だと。以前看護婦をされていた奥様の見解であった。

 そんなことは考えたことも無かったが、言われてみればその通りだと思った。キッチンで高い棚から物を降ろすのに、両足で立つ必要も無い。片足で十分だ。そして、両足で立つことの危険性も、理解できる。スポーツでも、「足が揃う」という形は良くない。体の前後のバランスを保つには、左右の足に役割分担をさせた方が良いのだ。

 この問題をクリヤーして、話はグッと前に進んだ。アイデアを二つに絞って、モデルを作った。通常は五分の一で作るが、今回は二分の一で作った。その方がむしろ作り易く、また細部の検討がやり易いと思ったからだ。

 モデルをお送りしたら、お客様は5本足のタイプを選ばれた。そして、細部に関してのご希望を伝えてきた。これほど詳細で具体的な希望を注文主から聞くことは、前例がない。お客様がこの品物に込める熱意が感じられた。

 完成したものは、当初の不安を払拭する出来栄えだった。オリジナルの雰囲気をそのまま残しつつ、追加部分が上手く納まり、全体としてのバランスが良かった。可愛らしい感じも魅力的だ。スツールと踏み台という、二つの機能を持たせてこのサイズ。キッチンで場所を取らず、使い易いだろう。

 なお、冒頭の画像で分かる通り、踏み板にも革ひもを編み込んである。座面の革ひもは、オリジナルのデザインである。純粋に装飾的な意図で設けている。お客様は、踏み板にも革ひもを付けて、統一した雰囲気にしたいと言われた。

 私には、そこまでの発想は無かった。だから、モデルには付いていない。結果として、このアイデアも成功したと思う。デザインとして面白い。さらに、滑り止めと言うほどではないが、足の裏にある感触を与え、乗った時の感じが良い。

 一般論としては、お客様のご希望通りに反映するのは難しい場合が多い。構造の問題や、加工法の問題で、簡単そうに見えても、実現できない事がある。また、そういうことを検討するのに時間を取られるので、オプションに対して消極的な製作者がいても不思議はない。

 しかし、頭から拒絶せずに、一歩踏み込んで対応することで、作品の巾が広がることもある。また、教えられる部分もあり、技術の蓄積に繋がることもある。今回はそのようなプロセスが上手く運んだケースとなった。




ーーー9/20−−− ボール紙の購入顛末


 新規に家具を計画するときは、型紙を作ることが多い。特に椅子などのように曲線、曲面が多用されるケースでは、一つの作品に何枚もの型紙が必要となる。その型紙には、ボール紙を使っている。

 これまで使ってきたのは、厚さ0.8ミリの白ボール。片面が白い(反対面は灰色)のボール紙である。サイズは全判(80センチ×110センチ)。数年前に、車で20分ほど行った豊科市街の文具店へ出掛けて購入した。0.8ミリは、白ボールとしては最大の厚みである。その時は10枚頼んだが、在庫が無かったので、取り寄せとなった。

 開業当時は、もう少し薄いものを使っていた。たまたま店に有ったものを買ったのだと思う。薄いボール紙は、切り抜くのはラクだが、出来上がった型紙は、腰が弱くて使いにくい。それで、その後は厚めの物を求めるようになった。

 ここへ来て、手持ちが底をついた。買いに出るのを面倒に感じ、ネット通販を調べてみた。そうしたら、厚さ1.0ミリのものがあることが分かった。チップ・ボールという商品ジャンルで、両面灰色のボール紙である。それに興味を覚えた。

 常々、白ボールの白い面には、僅かな不都合を感じてきた。鉛筆ののりが悪いのである。しかも、若干カールする傾向がある。

 そこで、1.0ミリのチップボールを購入しようと考えた。しかし、そのネット販売では、50枚単位でしか売らないと書いてあった。電話で確認したが、やはりそう言われた。腐るものではないが、50枚は多すぎる。さらに送料が掛かるのも難点だった。

 この情報を得て、例の文具店に電話をして、チップボールが入るか打診した。そうしたら、驚いたことに、厚みで言われても分からないという。紙の仕様は、重さで規定されているから、厚みでは商品を特定できないと言うのである。ともかく店へ来て、これまで使ってきたボール紙を参考に見せて欲しいと言われた。それで、紙片を持って出掛けて行った。

 店主は電話で問屋とやり取りをした。まず、チップボールは、やはり50枚単位でしか扱わない、そして送料が掛かる、とのことだった。チップボールは諦め、これまで通り0.8ミリの白ボールを20枚注文する事にした。白ボールなら問屋に在庫が有り、希望の枚数で納められる。そして、通常の配達に乗るので、送料は掛からないとのことだった。チップボールと比べて、流通が多いので、小回りが利くのである。

 それでも、厚みを指定されても分からないと言う。持参した見本を、問屋の営業員に見て貰わないと、商品が決まらないと言うのだ。以前同じ店で買ったものなのに、である。見本を預けて、店を出た。

 二日後、商品が入ったと連絡が来た。店へ取りに行った。見本を示して取り寄せたのだから、間違いないと思った。しかし、工房に戻って梱包を解き、ノギスで厚みを測ったら0.5ミリだった。念のため20枚重ねて計って1センチだったから、測定結果にミスは無い。どこかで商品を間違えたのだ。

 土曜日だったが、文具店に電話をしてクレームした。相手は、「問屋の担当者が、専門の道具で見本の厚みを計って行ったのですがね」と怪訝そうな声だった。ともかく、交換してもらう事にした。

 週が開けて月曜日の朝、文具店から電話があった。話がおかしくなってきた。問屋に確認したら、これより厚い品物は無いと言われたとのことだった。仕方なく、返品することにした。

 店へ持っていくと、店主はまた「専門の機械で測ったんだから、間違いないはずですがね」と言った。まるで他人事である。客に何度も足を運ばせて、それは無いだろうと思った。勝手に違うものを納入した問屋の対応もおかしい。正しくは、「測定したら、0.8ミリでしたが、この厚みのものは現在取り扱っておりません。扱っているものの中では、0.5ミリが一番厚いのですが、如何いたしましょうか?」ではないか。

 それでも、店主の奥さんが松本の紙屋を紹介してくれた。そこなら、別の問屋から仕入れているから、有るかも知れないと。また、少ない枚数でも対応してくれるのではないかと。

 その紙屋に電話をしてみた。たしかに0.8ミリのものがあり、何枚でもOKだと言われた。ただし、価格が想定した金額の二倍以上だった。また、チップボールは取り寄せになるので、50枚単位だと言われた。こちらも単価がひどく高く、とても応じられるものではなかった。

 結局、ネット通販で買うことにした。0.8ミリの白ボールと、1.0ミリのチップボールのどちらにするか迷った。50枚買うのだから、慎重に決めねばならない。サンプル請求が可能だったので、取り寄せてみた。チップボールは、厚いけれど弾力に欠ける感じだった。それで、使い慣れた白ボールを選んだ。

 註文して二日後に品物が届いた。これだけの枚数があれば、もう二度と買う必要は無いだろう。

 それにしても、ボール紙を購入するのにも、ずいぶん手間がかかるものだ。














ーーー9/27−−− 椅子を洗う


 自宅で使っているアームチェア92(アームチェア96の旧タイプ)。1992の刻印があるから、19年前に製作したものだ。5年ほど前まで、両親の居室で、ダイニングチェアとして使われていた。現在は、ロビーと呼んでいる居間兼来客室に置かれていて、時折り誰かが座るのを待っている。

 年月を経ても、健在である。少しのガタも無い。オリジナルの座面もまだ丈夫で、当面張替えの必要も無い。ただし、最近汚れが気になってきた。木部がベトつくのである。

 椅子の日常の手入れは、固く絞った濡れ雑巾で拭くことを推奨している。基本的には、汚れが目立った時に拭けば良い。

 この椅子も、その方針で来たのだが、いかんせん19年と言えば、生まれた子が成人するまでの年月に近い。椅子の塗装面にも、それなりの経年劣化が生じる。また、濡れ雑巾で拭いても取れない種類の汚れが、長年の間に少しづつ付着し、堆積する。それで、次第にガミーになる。ガミー(gummy)とは英語でベタつくの意。以前洋書の椅子の本の中に見た言葉である。

 塗装をやり直すならば、汚れを落とし、サンドペーパーをかけ、塗料を塗ると言う工程になる。それはかなり手間の掛かる作業である。オリジナルは、オイル・フィニッシュという塗装を3回繰り返してある。それと同じことをやるなら、日数も掛かる。また、座面を張ったまま塗り直すなら、さらに細かい配慮が求められる。よほど上手くやらねば、綺麗な仕上がりにはならない。

 そこで、一つの試みとして、ナチュラル・ソープで磨くことにした。

 欧米には、ソープ・フィニッシュと言う塗装方法がある。塗料を塗るのではないから、塗装と呼ぶのは適切ではないかも知れない。ともかく、木部の仕上げ方の一つである。やり方は簡単。ナチュラル・ソープを水に溶いて、木部に塗布し、そのまま乾かすだけである。乾いて毛羽立つ部分が有ったら、細かいサンド・ペーパーで落としても良い。

 ナチュラル・ソープの溶液は、時間が経つとゲル化して、次第に固まる傾向が有る。木部にしみ込んだソープも、乾くと固まるのだろう。ソープという概念からは、ベタッとした印象があるが、実際はその逆で、サラッとした感触になる。木製家具の仕上げでは、これが一番良いと言い切った、デンマークの家具職人がいた。

 ソープ仕上げは、メンテナンスも簡単である。汚れが付いたら、またソープの溶液で拭いてやれば良い。そうすると汚れが落ち、同時にソープ・フィニッシュをやり直したことにもなる。汚れが落ちるといっても、浸み込んだ汚れは取れない。手垢は拭き取れるが、汚れの跡は残る。つまり新品のようにはならない。しかし、家具は実用品であり、それで良いと割り切れば、問題無い。

 聞いた話だが、米国の家庭では、年に一度、食器棚などをソープでゴシゴシと洗うところもあるらしい。丸ごとたわしで洗うと言うのだから、豪快である。

 今回の椅子は、元々はソープ仕上げでは無かったが、塗膜が薄く、自然の木肌に近いオイル仕上げだから、ソープで磨くのも合っているのではないかと思った。

 椅子を庭に持ち出し、バケツにソープ溶液を準備する。細かいフレーク状のソープは、冷たい水には溶けにくい。ぬるま湯で溶くのが良いようだ。ちなみに私が所有するソープは、デンマーク製で、以前誰かがくれたものである。

 溶液に布を浸し、椅子を拭く。汚れが落ちて、たちまち布が茶色に染まった。たしかに汚れは落ちるのだが、拭いても拭いてもきりがない感じがした。そこで、スチール・タワシに替えてみた。どしどし汚れが落ちるのが分かったが、塗装も剥がれてしまったようである。表面が傷だらけになった。これはちょっとやり過ぎた。結局、ブラシでこするくらいが良いようだった。

 ひとしきり磨き、浮き出た汚れを拭き取り、乾かした。仕上がりは、オイル・フィニッシュとソープ・フィニッシュの中間のようになった。サラッとした手触りが、良い感じだった。スチール・タワシで擦ったせいか、特にアームなど、人体の接触が激しかった部分は、白木のような風合いになった。それがまた新鮮な印象になった。

 このメンテナンス方法は、誰でも簡単に出来るという利点がある。大雑把で、気楽な方法だから、座面が張ってあっても気にしない。座面にソープが垂れても、問題無い。

 20年近く経った家具を、新品のようにするのは、難しい。難しいというより、意味があるかどうか疑問である。使っていれば、傷も付き、凹みも出来る。それらを全てリペアするのは、現実的でない。時間が経ったものは、それなりの形で綺麗にしてやれば良いと思う。

 使い手が自分で、気軽に家具のメンテナンスをする。先に挙げた、食器棚をゴシゴシ洗う米国の家庭は極端な例だが、そういう習慣は楽しいと思う。マイカーの洗車をする時間と費用の何分の一かを、家具のメンテナンスに当てるのも、悪くないのではなかろうか。




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